竹内正人 takeuchimasato.com

イベント

誕生死について考える ~家族に寄り添うサポートとケア~

これまで医療という視点で「妊娠」「出産」を見てきたなかで、
無意識のうちに切り捨ててきたものがあります。例えば、死産や流産、子どもが五体満足ではなかった。
そのような予期せぬ結果や望まれない結果に、医療ではどう対応していいのかがわかりませんでした。
それは、医療が常に結果を求めるものだったからかもしれません。
もう3年ほど前になりますが、私は産科を離れて、1年間、介護、ターミナルケアの現場におりました。
そこで改めて感じたことは、人が生まれて、生きて、亡くなっていく、という根底には、
共通した本質があるな、共通した流れがあるな、ということでした。


ここ数年、医療の現場で働くスタッフに勤労意欲、モチベーションの低下という状況が広がってきています。
特に命を扱う産科ではそれが顕著で、産科医、助産師、看護師が、現場を離れ立ち去るということが、
目立つようになってきました。ある意味、起こるべくして起こってきた現象だと、私は思っています。


医療の現場では亡くなった命は「人」はなく「モノ」になってしまう


産科医になった当初、これから発展しいく医学・医療を駆使すれば、すべてのお母さん、
そして、子どもを救うことができるようになる、と本気で思っていました。
ところが、時を過ごすうちに、人が人であるかぎり、すべての命が幸福な結末をむかえるわけではない
そんな当たり前の事実と、医学の限界を繰り返し突きつけられることになったのです。
産科というのは、新しい命を迎える幸せな場と思っていたのに、
「生」のとなりに厳然として存在する「死」があるのです。


流産は日常的に遭遇することでありながら、仕方ないこととして「死」を意識することもなく、
死産、新生児死亡の場合は、あえて、「死」を意識しないようにして、関わってきました。
でも、「死」ときちんと向き合わなければ、産科医として働くことができなくなる・・・
と感じるようになってきまました。


妊娠22週でお腹の中で子どもを亡くされ、死産を体験されたお母さんからうかがった話しです。
「出産の時に、外来で働いている助産師さんや看護師さんまでが見学に来ていました。
私のようなケースが珍しいのか、興味本位で集まっているようでした。
私の足下で出産までの時間、ぺちゃくちゃと関係のないおしゃべりをしていました。そして、出産し
トレーにのせられた私の赤ちゃんを、まるで死んだ猫か犬でも見るような目でみていました。」
「私は彼女たちの表情を見ただけで、赤ちゃんに会ってはいけないような気がしてしまいました。」


彼女の場合、お子さんがお腹の中で亡くなって1週間くらいは「死」を気づかず、
妊婦健診で突然に赤ちゃんの死を告げられたそうです。そんなはずで病院に行ったのではなかったのに。
産まれてきたとき赤ちゃんはすでに変性していたそうです。
死産に、立ち会ったスタッフはその子を見たときに顔をしかめてしまった。
でも、一番怖いのは誰なのでしょう?・・・そうです、お母さんですよね。
お腹の中でのわが子の死を1週間も気づくことができなかったのですから。
そういう状況を感じ取れない医療者が死産を介助するとしたらどうでしょう。
わが子を温かく受け入れられてもらえないのは、どのような状況であっても、とても、悲しいことです。


彼女は続けました。「何よりも赤ちゃんを大切に扱ってほしかったと思います。
私が赤ちゃんを出産したとき、『出た』といわれました。
私は出産したという気持ちだったのに・・・、人として扱われなかったようで、すごく悲しかった」。


医学の中でお産を扱っていると、それまでに元気であっても、赤ちゃんが亡くなった瞬間に、
「産まれる」かる「出る」にかわってしまいます。
医療者の意識の中で赤ちゃんが「人」から「モノ」になってしまうからです。
赤ちゃんは死んでしまうと、人として扱われないのです。
ところが、お母さんにとっては亡くなったとしても自分の子どもであることにかわりはありません。
この温度差がとても大きいんです。医療者がはじめからそうした意識をもっていたのではありません。
私たちもそれぞれ、普通の人間なのですから。
医療の中にいると、知らないうちに生き死への、デリカシーがなくなってゆくのでしょうか。

悲しみの感情を封印しても一生引きずってしまう


流産や死産を経験した場合、病院の中ではなかなか悲しみの感情を出すことができません。
思いっきりワーッと泣いたりすることが難しいのです。寄り添ってくれる看護職は多いと思いますが、
病院には、逆に「まだ若いから」とか、「次があるから」「早く忘れましょう」などといった言葉で
感情を出させないようにしている環境があります。
なぜそうするかというと、そうした対応がいいんだろうと漠然と思っていることもあるでしょうが、
目の前でずっと泣かれていても困るし、どう対応していいのか分からないので、
とりあえず、まとめようとしてしまうのかもしれません。


ケネルとクラウスの「母と子の絆」で紹介されていますが、重症児が生まれてきたときの両親の反応は、
まず「ショック」があって、その後に「否認」がきます。
否認とは、私の赤ちゃんは障害(死んで)なんてない、それは私の子どもではないんだという感情です。
その次に、「悲しみ」、「怒り」がきて、「諦め」「適応」、そして「再帰」がくるとなっている。
どの人も同じプロセスをたどるわけではなく、感情の推移には「共通性」と「個別性」があります。
当たり前だけど、それぞれで違うんです。様々な感情が行ったり来たり繰り返すのも自然なことです。


あと、とても大切なことは、感情が変化してゆく時間には目盛りがないということ。
例えばショックは1週間ですよ、その後の1週間が否認の時間ですよ、その後の1ヶ月は悲しみと怒りで、
3ヶ月したら適応できて、半年たてば落ち着きますよ、とう目盛り、目安がないんです。


このプロセスは、予期せぬ苦しみとか悲しみに直面したときに、人が受ける正常な心の変化です。
ところが、驚いたことに、このような悲嘆のプロセスを、現場の医療者の多くが知らない。
あるいは、知っていてもそれを意識して仕事をしていない。


日本人には、「自分さえ我慢すればうまくいくのであれば・・」というメンタリティーがありますよね。
私たちは、自分の中の悲しみ、怒りといった感情を、できるだけ出さないようにして過ごしてきました。
だから、感情を前面に出す方を目の前にしたとき、私たちは、どう接していいのかがよくわからない。
「なんでわからなかったんですか」「医療ミスじゃないですか」といった類の、「怒り」を見せられたとき、
それを、正常な悲嘆のプロセスとして受容できる個や施設はまだあまりないでしょう。


悲しみの渦中にいるものに、大丈夫のはずなんかないのに、「大丈夫ですか?」って聞いてしまいます。
何て言っていいかわからないときには、何も言わなくていいんです。
大丈夫と聞かれたら、「大丈夫のはずないじゃないですか!」って、あなたは答えられますか?
もし、「ありがとうございます、大丈夫です・・・・」と答えてしまったら、
聞いてきた人に対して、あなたは大丈夫でなければいけなくなる。
「大丈夫」を装っていくことが、この社会では求められているのです。
ところが、悲嘆のプロセスを十分踏まなければ、諦めでもある、適応と再起はおこってこない。
悲しみつくす、怒りまくる。見苦しいかもしれないけれど、そうした時間にも意味があって、
そうした感情の表出が、次の段階へと運んでいきやすくしてくれる。


ポストトラウマティックストレスシンドローム、PTSD、心的外傷後ストレス障害という言葉がありますが、
その対応として、まずはその事実になんとか向き合い、様々な感情を湧きあがらせることから始めます。
30年、40年も過去に蓋をしていた事実や体験がワーっと出てくることで、
もう忘れてしまったかと思っていた、「悲しみ」、「怒り」が湧き上がってくるんです。
そこからようやく悲嘆のプロセスが始まります。感情の変化に目盛りなんてありません。


介護老人施設で働いていたとき、私は入所している、おばあちゃんたちにお産の体験を聞いていました。
すると、90歳をこえたおばあさんが、20歳で体験した死産の経験を話されたりする。
忘れていたつもりだったんですが、そのことに触れないよう生きてきただけなんです。
話し出すと、いろいろな思いが蘇ってくるんです。
「先生、こんな年になって、そんなこと思い出させて可哀想じゃないですか」と、
最初は周囲のスタッフから言われました。
でも、自分の奥底に閉じ込められてきた感情が丁寧に受けとめられてゆくことで、
おばあちゃんの心が、表情が徐々に柔らかになっていったんです。


人は誰もが無意識のうちにたくさんのことに蓋をしながら生きてきています。
辛く悲しい体験を乗り越えること、次のステップへ行くということは、忘れようとすることではなく、
そうした体験と共存していくことなんだ、と最近なってようやく言われるようになってきました。
でもやっぱり感情を表出できる場がなかなかない「自分さえ我慢すれば・・」の日本では、
感情に蓋をしながら生きていくことのほうが、まだまだ一般的なのでしょう。

死産・流産であっても、その子の母親という意識を持ち続ける


医療の中で予期せぬ死産、流産を含めて起こった場合、よく「仕方がなかった」という言葉が使われます。
双子の赤ちゃんのケースですが、妊娠18週のときに
ふたりのうちのひとりが、産まれてきても生きていくことができない奇形があることがわかりました。
それ以降、お母さんは、生きていける子の方だけに意識をもっていき、
双子とは思わないようにして妊娠期間を過ごしてきたそうです。
妊娠29週に、別の理由で帝王切開にたったとき、奇形のあった子は、そのまま息をひきとりました。
「情が移るといけないから」「見るとかわりそうだから」と、お母さんはその子を見ることさえ、
もちろん、抱きしめることさえしませんでした。周囲もその子のことについて、一切ふれなかった。
お母さんは、しばらくは、未熟で生まれてきた子にだけに気持ちを注いできました。
2年、3年とたち、その子が元気に育ってきていることがわかって、気持ちに余裕がでてきた頃になって、
もう忘れたはずの、奇形があった子への感情がふつふつと湧き上がってきたそうです。


帝王切開の後、医師からは、「奇形があったんで仕方ない」と簡単に説明され、
ある医療スタッフには「1人だけでも助かったんだからよかったじゃない」と言われたので、
そうなのかな、と思うようにしてきたけど、結局はどうにも受け入れることができなかったんだと・・・・
夫には「今さら何を・・」と言われそうで、何も伝えられなかったそうです。


病気で産まれてきた子に対して、私たち医療者は「仕方なかったケースです」と話すことがあります。
原因がわかっている場合は、「仕方ないこと」ことして医学的には完結してしまうからです。
でも、お母さんの中では、そうではない。完結なんかしないんです。
「仕方がない」という言葉は、切り捨てられたように感じで、受け入れがたいんです。
「仕方がない」は、この子を授かった意味がなかったように聞こえて、受け入れがたいんです。


もし、医療者とお母さんの間に信頼関係ができていれば、
もし、かかわる医療者に、生きてゆけなくても、家族にとっては大切で意味のある命なんだという
意識があれば、「仕方がなかった」はなかなか使えない言葉なんです。
そのかわりに、手はつくしたけどという意味で、「どうしようもなかった」を探し出すかもしれません。
「どうしようもなかった」と「仕方がなかった」は、似ていますが、まったく違う語感をもった言葉です。
皆さんには、その違いを感じてほしいと思います。


妊娠35週で胎盤が急に剥がれてしまった方が、「痛い、痛い」って言いながら、
ご自宅の近くの病院から私が以前にいた周産期センターに運ばれてきました。
超音波を当てると心拍はすでになく、赤ちゃんは亡くなっていました。
家族には事実を話したのですが、私はそれをその場でお母さんに言うことができませんでした。
出血があり、このままだとDIC(出血がとまらなくなる状態)になってしまうので手術室に直行しました。
私は「胎盤が剥がれてきているので、すぐに帝王切開をさせてください」とお母さんに説明しました。
お母さんは動転して、「先生、赤ちゃんは大丈夫ですよね!」と語気をあらげました。
私は一拍おいて、「・・・赤ちゃんの心拍は動いてないかもしれません」と言うのが精一杯でした。
医療者として事実を正確に伝えるのは、大切なことです。それでも、それができない時がある
どのようなタイミングで、どんな言葉を使って伝えるのかは、もっと大切なことだと私は思います。


緊急手術となり、すぐに赤ちゃんをすぐに娩出しましたが、やはり、赤ちゃんは亡くなっていました。
ただ、どんな状況でも、赤ちゃんって、苦しそうな表情で産まれてこないんですね。
この子も、胎盤が剥がれて急に酸素がこなくなった、いわゆる窒息のような状況だったのですが、
実に穏やかな表情で、血の海となった子宮から産まれてきてくれました。
こういう場面に多く立ち会っていますが、苦しそうな顔で生まれてきた赤ちゃんを見たことがありません。
どの子も、穏やかで、神々しい感じさえする。命を全うしたんだって感じられる表情をしているんです。
そんな経験を重ねてゆくうち、亡くなったからといって、お母さん、家族が子どもと会うことができない、
抱っこもしてもらえないということを、とても、不自然に感じるようになっていました。


お母さんは手術後に輸血を受けながら「この子は動いていたんです・・」って叫ばれていました。
そういう状況の中で、私は亡くなったお子さんをそっとお母さんの枕元に連れてゆきました。
事実を目の前にして、彼女は嘆き悲しみましたが、赤ちゃんに触れ、しっかりと抱えました。
そして、小一時間ほどたつと、彼女の表情は和らいできて、状況が変わってきまました。
2、3時間もすると、私は「可愛いね」という言葉が違和感もなく出せるようになっていました。
それを聞いた彼女にも少しだけ笑顔が見られるようになりました。
触れるって、本当にすごいことです。


覚えておいてくださいね。
亡くなっても「モノ」じゃないんです。やっぱり、「人」なんです。


誕生死・・亡くなっても産まれてきてくれた赤ちゃんの視点


今までの医療現場では、日本社会では、子どもが亡くなると「モノ」となっていました。
情が残るといけないから、何も残さなかったし、会うことも、抱くこともできなかった。


でも、本当にそれで良いのだろうかと思い、私のいた病院では、
亡くなった子でも、生きて産まれてきた子と同じような意識で接してみようと決めました。
赤ちゃんと一緒に写真も撮ったり、沐浴をしたり、足形や手形を取ったりしました。
すでに死後硬直で手が開かず、手形はうまく取れないのですが、きれいに取ることが目的ではありません。
何年後かに、この手形を見ることができたときに、「あの時先生と一緒に手を広げたんだ」とか、
「赤ちゃんの手、温かかったな」とか・・・、手形や足形を見ることで、その時に戻ることができる、
この子は、確かにわたしのところに来てくれたんだって思える。
そんなことが大切じゃないかなと思いました。


胎盤早期剥離の方はそれから、2人のお子さんが授かったのですが、
自分は3人のお母さんという意識をしっかりもっていらっしゃって、それを子どもたちにも伝えている。


「誕生死」という言葉が今注目され、体験者の方たちに広く受け入れられています。
「誕生死」は2002年に三省堂から出版された本のタイトルがで、医学用語ではありません。
今までの「流産」「死産」という言葉は、亡くなった赤ちゃんを死の側から見た医学の言葉でした。
だから死産したとか流産したという言葉はお母さんには使いにくい。
ところが、誕生死というのは、亡くなっても生まれてきてくれたと、子どもを生の側から見つめた、
英語の「スティルバース=stillbirth」に近い語感を持っている言葉です。
スティルというのは「それでも」という意味があります。そしてバースは「生まれる」
それでも生まれてきてくれたといいうことになり、やはり「人」なんですね。
だから、お母さんには、受け入れられやういのでしょう。
そうしたちょっとした言葉の違いで、同じ事象でも、意味が違ってくるし、感じ方も違ってくる。
医学用語で話していると、そうした言葉のもつ感覚やそれに伴う感情を、意識できなくなってしまうのです。


いのちが来てくれたことに意味がある


どういうお産がいいとか、どういう死に方がいいのかというのは難しいですね。
命に関していえば、 70年、80年生きることができたからいい人生というわけでもない。
その命がよかったかどうかは、その人が、そして、その人の近しい人がどう感じるかですよね。
そして、どういう死に方がいいのかは、その人がどういう生き方をしたのかということなのでしょう。


亡くなった赤ちゃんはどんな子でも、すごく幸せそうな表情で産まれてきてくれる。
これは、産科医をしている私にとって大きな驚きでした。
短い時間でも精一杯、生き抜いたから、こんなにいい表情で死んでゆけるんではないか・・・
そう感じるようになってから、「死」に対する意識、お母さんと、子どもへの姿勢がかわってきました。
生きて産まれてくることはできなかったけれども、その子が来てくれたことにはきっと意味があるのだろう、
そう感じられることで、来てくれた命に素直に祝福できる気持ちを持てるようになりました。
そうなってから、お母さん、家族とのかかわりもしっくりくるようになり、私自身が楽になってきました。


平成15年に妊娠21週でふたごを亡くされた方がいました。
上にお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、新しいふたりの家族が来てくれたのを楽しみにしていたのに、
妊娠21週で破水をし、その日に生まれてきて皆で見送りました。
その方が、翌年の平成16年にまた妊娠して私のところに来てくれました。
「ああ、また来てくれたんだね」って家族で一緒に喜んだのですが、
今度の赤ちゃんは妊娠21週の健診で、心拍がなくなっていることがわかりました。
お母さんもお父さんも、それこそボロボロでした。
産まれてきてくれた赤ちゃんは、亡くなって1週間ぐらい経っているようで変性もしていて、
おへそが首と足にグルグル巻きになっていて、一見では、苦しそうな体勢なんですが、
でも、表情はやっぱり苦しそうではないんです。とってもかわいい赤ちゃんでした。
産まれてきた赤ちゃんを私が温かいタオルで優しくつつんで、「生まれてきてくれたよ。可愛い子よ」と、
グルグル巻きになっている、おへそをゆっくりと、とりながら、お母さんの胸のうえに返しました。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、お母さんの手をしっかりと握りしめ赤ちゃんを見つめています。
温かい目で周囲が見守れば、かわいい赤ちゃんになってゆくんです。


1ヶ月くらい経ってから中2のお兄ちゃんと、小4のお姉ちゃんから手紙をもらいました。
お兄ちゃんは
「先生、お元気ですか。僕は元気です。
ユウキが産まれたとき、先生が温かいタオルで抱っこしてくれて嬉しかったです。
ユウキは苦しそうだったけど、かわいかったです。
ユウキが帰ってきた夜は、1時くらいまで起きていて、お線香とろうそくが消えないように見ていました。
ユウキは死んでしまったけど、僕の大切な大事な弟です」
と、そして、お姉ちゃんからは
「竹内先生、元気で頑張ってお仕事をしていますか。
ユウキが産まれたときにあたたかいタオルを用意してくれてありがとう。
最後におうちに帰るときに手を振ってくれてありがとう」


温かいタオルで包んであげて、家族に返して、家族に加えてあげる。
しばらくすると、亡くなった子は、家族になってゆきます。
そうして見守っていると、新しい温かいタオルに替えてあげたくなってくる。
そういうところが子どもたちには、伝わっていったようです。
「最後に手を振ってくれてありがとう」とかね。
そうやって私たちの弟を大切に扱ってくれたということですよね。
私のところにきて、3人の妹や弟たちが亡くなっているのに
「竹内先生、元気で頑張ってお仕事をしていますか・・」ですよ、目頭があつくなってきます。


自分の価値を押しつけない

「流産」という言葉は、今は冷たくて辛い語感しかないかもしれませんが。
かつては、お母さんや家族がもっている業みたいなものもを
赤ちゃんが一緒に流していってくれるという意味もあったそうです。
だから、その命には意味があると自然に感じられた。
ところが、周囲がそう関わらなくなって、「流れる」にはそういう意味が失われてしまいました。


最近は、出血や腹痛など何の徴候もないのに、超音波検査で流産が診断されるようになりました。
そして、診断されると、すぐに掻爬手術をしてしまう傾向にあります。
掻爬をする前に、赤ちゃんがそこに来ていることを感じてもらえるかかわりがあるといいんだけど。


もし流産でも、そのまま見ていると、赤ちゃんはいい時期に産まれきてくれるんです。
流産であっても、いいタイミングで陣痛を起こしてくれているように思います。
でも、そのためには情緒的サポートの体制がととのっていないとうまくないのですが・・・
今は難しいですよね。


出産を担当させてもらった方で、その後、子どもができず、不妊治療も引き続きさせてもらった方が、
「先生、妊娠反応がでました」と受診されました。
「良かったね!」と私も喜び、超音波検査をしました。
ところが、子宮の中には胎嚢という袋はあるのですが、小さく、すでに形もくずれていていました。
流産だろうと思いましたが、それまでの、彼女の時間を知っている私は、それが言えず
赤ちゃんが来てくれたことに、「おめでとう」って言葉が自然にでてきました。
その後、超音波検査で赤ちゃんが見えてくることはありませんでした。


その後、「とても辛い体験でしたが、先生に第2子の妊娠を喜んでいただけたことは一生忘れません」
と、いう手紙をもらいました。私もとても嬉しかった。


赤ちゃんが見えないというのは、超音波検査で見えなかったということです。
でも、妊娠反応が出たということは、受精卵は子宮の中にたどりついて着床をしている。
飛行機から見たら、私たちひとりひとりの人間も見えなくても、私たちはここにいるように、
超音波見えなくても、赤ちゃんはそこにたしかに来てくれているのです。
そして、お母さんの中で、命を全うしている。
そういうことが伝わると違うんだけどな~って、いつも思っています。


医療の現場には、「問診票」というものがあります。
その人に会う前に、ある程度、その人の情報を把握するということは、とても大切なことです。
でも妊娠で受診をされても、その方が独身であるとか、過去に何回が中絶の既往があると書いてあれば、
この人は妊娠を継続するのかな・・という感覚をもって、その方に接っしてしまう。
妊娠を診断した時、「おめでとう」っていっていいんだろうかと、考えてしまうわけです。


それはそれで悪くはないのかもしれません、ただ、医療の現場の中にいると、
私たちは無意識のうちにその命の価値を決めている気がしてならないのです。
どういう状況でも私は、命が来てくれたことに対して「おめでとう」って素直に言えることは、
命とかかわる「産科」スタッフには、とても大切ことだと思います。
結果的に、中絶するということであっても、来てくれた命に「おめでとう」って言えることは、
伝え方にもよりますが、その人にとっても嬉しいことだと私は思います。


あなたもあなたのままでいられるケア


私たちのケアが、相手にとって良かったのかは、その時には分かりません。
でも、5年後、10年後に、その方にとって、生きる糧となっている可能性もあるわけです。


予期せぬ出来事に直面したときに、医学的に適切な対応をとることのほかに、
できるだけ、母親と家族があるがままでいれる環境をつくり、見守ってあげてほしいな、と思います。
その方がその方でいれるケアとは、私たちも、あるがまままの私たちを意識する時間にもなるでしょう。
あなたは、どのような状況だと、あなたのままでいれそうですか?
私は、相手が、周囲が私のことを否定しない環境です。
ただ、否定しないということは、私の全てが肯定されるということではありません。
わたしのありのままを受け入れてくれ、違っていても、私のあり方を尊重してくれる環境です。


そう考えていくと、その人を尊重できるケアができるようになるには、
仕事の中だけでおさまるものではなく、あなたの生き方やあり方とつながっているのかもしれません。
「あなたもあなたのままでいられるケア」が、これからの時代は、ますます求められていくと思いますが。
まずは、私って?ということから始めなくてはならない。


ケアをする側の心の崩壊が起こってきています。それが産科の崩壊や、医療崩壊につながっている。
表面的には、様々な対策や取り組みが行われていますが、それがなかなかうまくはいかないのは、
組織やシステムだけで対応しようとするばかりで
実際に末端で関わっている個のあり方があまり尊重されていないからだと思います。
人と人が関わるあらゆる領域は、個と個の関係をいかに築けるのかにつきると思います。
妊娠・出産・育児・恋愛・SEX・そして生と死。
人が生きて行くってそういうことなのではないでしょうか。


そう意味で、これまでの医療モデルでは対応できなかった、個の問題に対し、
私たちがどう関わってゆくのだろうかというところが、今後、より問われてくることでしょう。


私たちがかかわる時間では物ごとは完結などしない。
でも、それでも、その一瞬、一瞬が大切なんだということを知っておいてください。
日々それぞれが、あなた自身に素直に向き合い、今、自分で感じていることを、大切にしながら、
それぞれの場でそれぞれができる一歩を踏み出していって欲しいと思います。


ページトップへ戻る

TOP | メッセージ | プロフィール | イベントレポート | リンク | メルマガ | お問合わせ