子宮的に生きよう /産科医 竹内正人 takeuchimasato.com

子宮的に生きよう

~自分の物語り(ナラティブ)を生きる~

ヒトには自分と他人を見分けて、
他者を拒絶する免疫というしくみが備わっています。
僕たちが生き抜いてゆくうえでかかせないしくみです。

ところが、子宮は基本的に他者を拒絶しない臓器です。
その子宮があるから命はここまでつながり
僕たちは、こうして今、地球に生きていいます。

借り腹(代理出産)を知って驚いたのは
そんなことができるんだ!
そんなことをしていいの?より

国や人種、宗教、そしてDNAが違っていても
子宮はだれの受精卵でも受け入れ
そのまま育ててくれるんだということでした。

0.1mm、たったひとつの受精卵が
60兆の細胞が統合されたヒトになってゆくプロセスで
僕たちが最初に獲得する感覚って
見る、聞く、触れる、味わう、嗅ぐ、の五感のうち何だと思いますか?

それは、“触れる”という皮膚感覚です。
触れることは、触れられること、
五感の中で、唯一、相手のある双方向性の感覚です。

同じように触れられても、誰にどのように触れられたかで
感じ方はまったく違ってきます
僕たちに最初に“触れてくれた”子宮は、優しくて温かかった。
だから僕たちはそこにすべてをゆだねることができました。
無垢で愛らしい、赤ちゃんの表情がすべてを物語っています。

誰もが、ここからはじまりました。
僕たちの原点です。

幸い、“触れる‐触れられる”を満たしてくれた子宮内の感覚は
僕たちの奥深いところに、一生消残っていて、
言葉はなくても、心を許せるものに、そっと優しく包んでもらえるだけで
どんな悲しみや、困難でも乗り越えてゆけるって思えてきます。
不思議です。

“癒される”ことが、そのままの自分を感じられることだとすれば
それは、子宮内の環境とつながる感覚なのでしょう。
だから、生きているうえで、そんな子宮的なあり方を
意識しておいたほうがいいと思うのです。

考え方や感じ方が違うなって思ったときでも、
嘆いたり、否定したり、無視をするのでなく
無理に説得したり、力でねじふせようとするのでもなく
まずは、子宮のように、そのまま受け入れてみましょう。

異文化に触れることで、故郷の心地よさと
自分自身をあらためて知ることがあるように
そのまま受け入れるということは
相手と自分の違いを認めて受け入れるということ

相手を真に受け入れるということは
自分をおさえて、相手に会わせるのはなく
あなた自身を大切にするこということでもあるのです

そこから、あなたにだけでなく、相手にも変化が
あらたな物語(ナラティブ)が生まれてくるでしょう

それは、父親と母親の異なる染色体(遺伝子)が混じり合わずに
ペアとなってお互いに寄り添うことで
子宮の中で新たな命へと育まれるかのようです

子宮的に生きることは
自分の物語(ナラティブ)を生きるということ。
答えのない、混迷で多様の時代を、
自分を見失わずに過ごしてゆくのに
大切な生きた方だと、僕は思っています。